恐竜ニュース:新学説:ティラノサウルスの成長速度

新学説:ティラノサウルスの成長速度

「生き急ぐ王者」から「大器晩成」へ

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序論:転換点を迎えた「暴君トカゲ」の生物学

2026年1月14日に PeerJ 誌上で公開された Holly N. Woodward, Nathan P. Myhrvold, John R. Horner による論文 "Prolonged growth and extended subadult development in the Tyrannosaurus rex species complex revealed by expanded histological sampling and statistical modeling" (拡大された組織学的サンプリングと統計モデリングによって明らかになったティラノサウルス・レックス種複合体の長期的な成長と成長期の延長)は、恐竜古生物学、特に獣脚類の個体発生と分類学において、過去20年間の定説を覆す研究となりました。

この論文が提示した新たな生物学的パラダイムと、それが学術界に引き起こした議論、長年の懸案であった「ナノティラヌス(Nanotyrannus)」の有効性に関する論争への影響について解説します。

17個体におよぶ過去最大規模の組織学的サンプルを用いたこの研究は、単に ティラノサウルスの成長速度を修正したにとどまらず、統計的な厳密さをもって「特定の標本が ティラノサウルスの成長曲線に適合しない」ことを示しました。

研究の背景:2004年パラダイムからの脱却

「急激な成長と早すぎる死」の見直し

ティラノサウルスの成長速度(2004年)
ティラノサウルスの成長速度についての論文抜粋(2004年)
"Gigantism and comparative life-history parameters of tyrannosaurid dinosaurs.", 2004.
by Erickson, Gregory M.; Makovicky, Peter J.; Currie, Philip J.; Norell, Mark A.; Yerby, Scott A.; Brochu, Christopher A. Nature.

本研究が登場する以前、 ティラノサウルスの成長ダイナミクスに関する理解は、主に Erickson et al. (2004) によって確立されたモデルに依存していました。このモデルは、 ティラノサウルスが10代の間に爆発的な「指数関数的成長」を遂げ、約20年間で体重を数kgから8,000kg以上にまで増加させると描写していました。

「生き急ぎ、若くして死ぬ(Live fast, die young)」と形容されるこの生活史モデルは、恐竜が高い代謝率を持っていたことを示す証拠として広く受け入れられてきましたが、初期のモデルには方法論的な制約(骨の種類によるリモデリング速度の違いを考慮しない混合要素サンプリングなど)が存在していました。

方法論的革新:骨組織学の最前線

ティラノサウルスの全身骨格化石
ティラノサウルスの全身骨格化石(2016年撮影)

Woodwardらの研究の信頼性は、従来の手法を凌駕する徹底的なサンプリングと、高度な可視化技術の採用に支えられています。

偏光顕微鏡による「隠された時間」の発見

本研究の最大の技術的ブレイクスルーは、偏光(Polarized Light)を用いた観察によって、これまで見過ごされてきた成長マークを特定・検証した点にあります。

通常の透過光では不明瞭だった「アニュラス(annulus)」と呼ばれる層が、クロスニコル(XPL)や円偏光(CPL)を用いることで明瞭に視認できることが実証されました。これにより、従来の手法では「成長線なし」と判定されていた領域に、実際には数年分の時間が記録されていることが明らかになりました。

研究結果:書き換えられたティラノサウルスの生涯

晩成型の巨獣:35〜40歳での成熟

解析の結果、 T. rex 種複合体は、従来のモデルよりもはるかに緩やかで、長期にわたる成長を経ていたことが判明しました。以前のモデルでは約20歳で成長が止まるとされていましたが、新たなデータは成体サイズに達するのが 35〜40歳 であることを示しました。

延長された成長期

成熟の遅れは、すなわち「成長期(subadult stage)」の劇的な延長を意味します。 ティラノサウルスは、孵化してから巨大な成体になるまでの大部分の期間(おそらく20年以上)を、成長を続けていたことになります。

表1:ティラノサウルス・レックスの成長モデルの比較
特徴 Erickson et al. (2004) Woodward et al. (2026) (モデルA)
サンプリング手法 混合要素(肋骨、腓骨、腹肋骨など) 体重支持骨のみ(大腿骨・脛骨)
成長線のカウント 通常の透過光(PPL)のみ PPL + クロスニコル(XPL)
成長停止年齢(漸近) 約20歳 35〜40歳
性成熟 変曲点に関連付け(14-16歳頃) 変曲点とは無関係
「ジェーン」の扱い T. rex の幼体 統計的不適合(ナノティラヌスであることを示唆)

ナノティラヌス論争への衝撃

ナノティラヌス論争とは:
ヘルクリーク層などで発見される小型のティラノサウルス類「ナノティラヌス」が、独立した種なのか、それとも T. rex の若い個体(幼体)なのかという長年の議論。

ティラノサウルス-BMRP 2002.4.1(通称「ジェーン」)の全身骨格化石
ティラノサウルス-BMRP 2002.4.1(通称「ジェーン」)の全身骨格化石(2018年撮影)

研究に含まれた17個体のうち、BMRP 2002.4.1(通称「ジェーン」) と BMRP 2006.4.4(通称「ピーティー」) という2つの未成熟な標本について、統計モデルは衝撃的な判定を下しました。これらの標本の成長データは、他の T. rex 標本群の成長系列と 「統計的に適合しない(statistically incompatible)」とされたのです。

具体的には、これらの標本を T. rex の成長曲線に無理やり当てはめようとすると、異常値(外れ値)として浮かび上がり、他の個体と同じ成長ルールに従っていないことが示されました。

これは、2020年の論文で「ジェーンとピーティーは T. rex の幼体である」としていた結論を自ら覆すものであり、ナノティラヌスが T. rex とは異なる成長ルールを持つ別種である可能性を強く支持する結果となりました。

表2:本研究で言及された主要標本と解析結果
標本ID (通称) 特徴 成長モデルへの適合性
BDM 050 (Bertha) 最大級の個体の一つ 適合 (T. rex 種複合体の一部)
BMRP 2002.4.1 (Jane) ヘルクリーク層産の小型個体 不適合(Outlier)
BMRP 2006.4.4 (Petey) Janeと同様の小型個体 不適合(Outlier)
MOR 555 (Wankel Rex) 49%の骨格保存率を誇る標準的な標本 適合

議論と結論

中型肉食恐竜の不在を埋める存在

本研究が明らかにした「成長期の延長」は、白亜紀末期の北米生態系に関する重要な謎を解く鍵となります。ヘルクリーク層などでは中型肉食恐竜の種が極端に少ないことが知られていますが、このニッチを「10代から20代のティラノサウルス」が埋めていた可能性が高いのです。

彼らは成体とは異なり、スマートで俊敏な捕食者として数十年を過ごし、生態系の中で実質的に「成体と異なる食物連鎖をつなぐ役割」を果たしていた可能性が示唆されました。

結論:大器晩成型の王者

Woodward et al. (2026) の研究は、T. rex を「早熟な怪物」から「大器晩成型の長命な捕食者」へと再定義しました。また、統計的不適合性という客観的な指標を用いて、ナノティラヌス論争における「別種説」に極めて強力な支持を与えました。

この研究は、化石という沈黙した証拠から、光と統計の力を使って「時間」を抽出する試みであり、私たちがティラノサウルスについて、より多様な姿を知るきっかけとなるかもしれません。