デイノケイルスとは
| 学名(属名) | Deinocheirus |
| 名前の意味 |
恐ろしい手
deinos(恐ろしい)[ギリシャ語]-cheir(手)[ギリシャ語] |
| 分類 | 竜盤目・獣脚亜目・オルニトミモサウルス類 |
| 全長 | 約11m |
| 食性 | 雑食 |
| 生息時期 | 白亜紀後期 (約7000万年前) |
| 下分類・種名 | Deinocheirus mirificus |
| 論文記載年 | 1970 |
| 属名の記載論文 | Osmólska, H. & Roniewicz, E. (1970). Deinocheiridae, a new family of theropod dinosaurs. Palaeontologia Polonica 21. |
半世紀の謎を解いた「恐ろしい手」の正体
デイノケイルスは、白亜紀後期に現在のモンゴルに生息していた、非常に奇妙な姿をした恐竜です。全長は約11m、体重は6トンを超えると推定される大型のオルニトミモサウルス類で、その仲間の中では最大級の大きさを誇ります。
最大の特徴は、学名の由来にもなった長さ2.4mにも達する巨大な腕と、鋭い鉤爪です。1965年にこの腕の化石が初めて発見されたとき、その巨大さから誰もが獰猛な肉食恐竜を想像しました。しかし、その後50年近く他の部位の化石が見つからず、デイノケイルスは「謎の恐竜」として古生物学最大のミステリーの一つとされていました。
2006年と2009年に発見された2体の頭部、胴体部分の研究成果が、2014年発表され、その驚くべき全体像が明らかになりました。デイノケイルスはティラノサウルスのような肉食恐竜とは全く異なり、背中にはラクダのこぶのような高い帆があり、頭部は歯のないカモのようなくちばしを持つ、非常にユニークな姿をしていたのです。
まるで、ハドロサウルス類、スピノサウルス類、竜脚類といった、全く異なる恐竜グループの特徴を寄せ集めたかのような「キメラ恐竜」でした。のちの発見・研究によって、植物と魚を食べる雑食性の恐竜であることがわかっています。
デイノケイルスの鋭い鉤爪は動物を狩るための武器ではなかったようです。この長く強力な腕を、食事の際に植物をかき集めたり、高い場所にある枝をたぐり寄せたりするための「熊手」のような道具として使用していたと推測しています。また、魚を捕食していたことから、浅い水中で泥をかき回したり、魚をすくい上げたりするのに役立った可能性も考えられます。
頭部と食性:歯のない巨大な雑食動物
デイノケイルスの頭骨は、前後に細長く、そして驚くべきことに歯が一本もありませんでした。口の先端は、マイアサウラのようなハドロサウルス類(カモノハシ恐竜)に似て、幅広く平たいクチバシ状に広がっていました。
食性を解き明かす決定的な証拠は、腹部の内容物から見つかりました。ある標本の胃があったとされる領域からは、1,100個以上(情報源によっては1,400個とも)もの胃石(ガストロリス)が発見されました。胃石は、鳥類や一部の植物食恐竜が、硬い植物をすり潰して消化を助けるために飲み込む石です。この発見は、デイノケイルスが植物を主食の一つとしていたことを示唆しています。
胃石と共に、胃酸による腐食の痕跡が明らかな魚の鱗と骨も見つかりました。これは、デイノケイルスが植物だけでなく、魚も捕食していたことを示す直接的な証拠です。これらの証拠から、デイノケイルスは当初想像されていたような恐ろしい肉食恐竜ではなく、植物と魚を食べる巨大な雑食動物であったという結論に至ります。その生態は、水辺で植物を食べ、時折、魚を捕らえるといった、湿地帯や河川環境に適応したものであったと考えられます。
背中の帆と軽量化された骨格
デイノケイルスの背骨(椎骨)からは、魚食恐竜スピノサウルスを彷彿とさせる、非常に長く伸びた神経棘が確認されました。これらの神経棘は、生前、皮膚で覆われた帆(セイル)か、あるいはラクダのような肉質のコブを形成していたと考えられています。スピノサウルスの帆は体温調節に使われたという説もあります(近年では否定されています)が、デイノケイルスの帆は、主に仲間に対するディスプレイ(性的・社会的アピール)の役割を担っていた可能性が高いと推測されています。
全長11メートル、推定体重6.4トンという巨体にもかかわらず、デイノケイルスの骨格は驚くほど軽量化されていました。
特に椎骨には多数の空洞があり、内部は気嚢(鳥類の呼吸器系の一部)で満たされていたと考えられています。この「含気化」と呼ばれる特徴は、竜脚類恐竜にも匹敵するほど高度に発達しており、骨の強度を保ちながら重量を軽減する効果がありました。この軽量化こそが、デイノケイルスが他の獣脚類にはない巨大な体を獲得することを可能にした重要な要因の一つです。
デイノケイルスの「キメラ」的解剖学的特徴
以下の表は、デイノケイルスが持つ多様な恐竜グループの特徴をまとめたものです。
これは、デイノケイルスがいかに特異な進化を遂げたかを示しています。
| 解剖学的部位 | デイノケイルスの特徴 | 類似した特徴を持つ恐竜グループ | 機能的な意味合い |
|---|---|---|---|
| 頭骨 | 細長く、歯がなく、幅広のクチバシを持つ |
ハドロサウルス科
(例:マイアサウラ) |
柔らかい植物の大量摂取、水中の植物や魚をすくうため |
| 背部の椎骨 | 高く伸びた神経棘が「帆」を形成 |
スピノサウルス科
(例:スピノサウルス) |
視覚的なディスプレイ(コミュニケーション) |
| 椎骨(内部) | 高度に含気化(気嚢で満たされた空洞) | 竜脚類(例:ティタノサウルス類) | 巨大化を可能にするための骨格の軽量化 |
| 足(末節骨) | 幅広く、平たく、蹄のような形状 |
ハドロサウルス科
(例:サウロロフス) |
湿地帯の不安定な地面での体重分散(沈み込み防止) |
発見と研究の歴史
1965年、ポーランドとモンゴルの合同調査隊がゴビ砂漠のネメグト層で巨大な両腕の化石を発見しました。この発見は世界に衝撃を与え、1970年にハルシュカ・オスモルスカとエワ・ロニエヴィッチによって Deinocheirus mirificus(「普通ではない、恐ろしい手」の意) と命名されました。
しかし、その後、長らく追加の化石は発見されませんでした。2006年と2009年に、韓国とモンゴルの合同調査隊が2体の部分的な骨格を発見しましたが、残念なことに、これらの標本は頭骨や手足などが盗掘され、失われていました。
転機が訪れたのは2011年です。ヨーロッパの個人コレクターが所有していた化石が、盗掘されたデイノケイルスの頭骨と足であることが判明。研究者たちの努力により、この標本はモンゴルに返還され、先に発見されていた胴体の骨格と組み合わせることで、ついにデイノケイルスの全身像が復元されたのです。この一連の出来事は、化石の盗掘問題と国際協力の重要性を物語るドラマチックなエピソードとして知られています。