ゴンドワナ大陸解明の「二つの窓」
南米ブラジルは、かつての超大陸「ゴンドワナ」の中核を成していた地域であり、恐竜時代の生態系を解明する上で欠かせない「宝庫」です。特に、ブラジルは全く異なる二つの時代と環境を記録した、世界的に有名な化石産地(ラガーシュテッテ)を有しています。
一つは、前期白亜紀(約1億2500万年〜1億1300万年前)の「アラリペ盆地」です。 当時、沿岸のラグーン(潟湖)だったこの場所は、水底が低酸素状態であったため、生物の死骸が腐敗する前に化石化しました。 その結果、骨格だけでなく、筋肉繊維、皮膚、羽毛、翼竜の翼膜といった極めて稀な軟部組織までが立体的に保存されるという、「奇跡の保存状態」で知られています。
もう一つは、後期白亜紀(約1億年〜6600万年前)の「バウル盆地」です。 こちらは乾燥した内陸の環境であり、軟部組織の保存は稀ですが、ゴンドワナ大陸の最後を飾った巨大なティタノサウルス類(竜脚類)や、頂点捕食者であったアベリサウルス類(獣脚類)の化石が豊富に産出します。
アラリペ盆地が「動物がどのように生きていたか」を詳細に教えてくれるのに対し、バウル盆地は「恐竜時代の終焉直前にどのような生態系が築かれていたか」を明らかにしてくれます。
ブラジルの巨大獣脚類
ブラジルからは、ゴンドワナ大陸の頂点に君臨した、対照的な二大グループの肉食恐竜(獣脚類)が発見されています。
イリタトル (Irritator)
イリタトルは、アラリペ盆地から発見されたスピノサウルス科の恐竜で、全長は約6〜8メートルと推定されます。約1億1000万年前に生息していました。ワニのように細長い吻部(ふんぶ)と円錐形の歯を持ち、半水生で主に魚を食べていたと考えられています。
そのホロタイプ標本は、スピノサウルス科の中で「最も完全に保存された頭骨」として知られ、このグループの生態解明に大きく貢献しました。(名前の由来は、違法な化石ブローカーによる修復に研究者が「イライラさせられた(irritated)」ことから来ています。)
ピクノネモサウルス (Pycnonemosaurus)
時代が下った後期白亜紀のバウル盆地では、頂点捕食者はアベリサウルス科に取って代わられます。ピクノネモサウルスは、そのアベリサウルス科の中で「最大級」とされる種です。
当初は全長7〜8メートルと推定されていましたが、近年の再評価により、その体長は8.9メートルに達したと計算されました。これはアルゼンチンのカルノタウルス(約7.8m)をも上回る大きさであり、北半球のティラノサウルス類に匹敵する、ゴンドワナ大陸の内陸生態系の頂点捕食者でした。
白亜紀最後の巨人たち
後期白亜紀のバウル盆地は、ピクノネモサウルスのような捕食者と、彼らの獲物であったティタノサウルス類(竜脚類)の化石の宝庫です。
ウベラバティタン (Uberabatitan)
ウベラバティタンは、白亜紀の絶対的な最終期である「マーストリヒト期」の地層から発見されました。これは、バウル盆地で知られるティタノサウルス類の中で「最も新しい(年代が若い)」種であることを意味します。
この発見は、小惑星衝突(K-Pg境界)の直前まで、南米大陸において巨大な竜脚類が繁栄を続けていたことを示す強力な証拠であり、恐竜が徐々に衰退していたのではなく、「突発的に絶滅した」という説を南半球から支持するものです。
マシャカリサウルス (Maxakalisaurus)
マシャカリサウルスは、全長約13メートルの中型ティタノサウルス類です。アルゼンチンのサルタサウルスと同様に、皮膚に骨質の装甲(皮骨)を持っていたことが特徴です。これは、ピクノネモサウルスのような捕食者に対する防御手段だったと考えられています。
アラリペ盆地の奇妙な空の住人
「奇跡の保存」で知られるアラリペ盆地からは、驚くほど多様な翼竜が発見されています。
タペヤラ (Tapejara)
タペヤラは、頭部に巨大で精巧なトサカを持つ翼竜です。このトサカは骨質の部分と軟部組織から成り立っており、仲間を見分けるためのディスプレイ装置だったと考えられています。
最大の特徴は、歯がなく、オウムのようなくちばしです。この形態から、伝統的な魚食ではなく、植物の果実や種子を食べる「果実食」だったのではないかという画期的な仮説が提唱されています。
トゥプクスアラ (Tupuxuara)
タペヤラと同じアラリペ盆地からは、より大型の翼竜トゥプクスアラも発見されています。翼開長は最大5.5メートルにも達し、同じく巨大なトサカを持っていました。
タペヤラとは異なり、鋭いくちばしを持つことから、魚類を捕食していた、あるいは陸上でも活動する捕食者だった可能性が考えられています。同じ空に、食性や生息場所を違えた多様な翼竜が共存していたことがわかります。
アンハングエラ (Anhanguera)
アンハングエラは、アラリペ盆地を代表するオルニソケイルス科の翼竜です。翼開長は約4〜5メートルに達しました。
最大の特徴は、ワニのように細長く伸びた吻部の先端にある、半月状のトサカと、獲物を突き刺すための鋭く大きな歯です。この歯は獲物(主に魚)を一度捕らえたら逃さないように機能したと考えられています。
アンハングエラやその近縁種は、当時(前期白亜紀)の海の上を滑空し、水面の獲物を狩る、主要な空の捕食者でした。
科学と倫理の交差点:ウビラジャラの返還
ブラジルは、近年の古生物学における倫理と遺産保護を巡る議論の中心地でもあります。その象徴が「ウビラジャラ (Ubirajara)」です。
2020年、アラリペ盆地(クラト層)から発見された新種の恐竜として、ウビラジャラが報告されました。ニワトリほどの大きさのコンプソグナトゥス科の恐竜で、肩から長く硬いリボン状の構造物が突き出ているという、前例のない特徴を持っていました。
しかし、この画期的な標本はドイツの博物館に所蔵されており、ブラジルの法律(化石は国の資産であり、国外持ち出しは許可が必要)に違反して「不正輸出」されたものだとして、ブラジルの科学者コミュニティから強い批判が巻き起こりました。
この一件は「科学的植民地主義(Scientific Colonialism)」の典型例として国際的な非難を浴び、記載論文は最終的に撤回されました。
ブラジル政府と科学者による「#UbirajaraBelongsToBrazil(ウビラジャラはブラジルのものだ)」という国際的なキャンペーンの結果、2023年6月、標本は正式にドイツからブラジルへと返還されました。この出来事は、科学的成果の正当性が、標本の倫理的な取得プロセス(来歴)に強く依存することを示す、現代の科学倫理における画期的な事例となりました。