ゴンドワナが生んだ「失われた世界」
南米アルゼンチン、特にパタゴニア地方は、世界で最も多くの恐竜の化石が発見される地域の一つです。なぜこの地が「恐竜の宝庫」となっているのでしょうか。
その答えの一つは、アルゼンチンの地層と環境にあります。パタゴニア地方には、中生代の(特に三畳紀後期から白亜紀後期にかけての)地層が広範囲にわたって露出し、風化によって化石が発見されやすい状態になっていることです。 例えば、三畳紀後期の地層が露出するサン・フアン州の「イスキグアラスト州立公園(月の谷)」は、エオラプトルなど最古級の恐竜化石が見つかることで世界的に有名です。また、白亜紀後期のネウケン州にある「カンデレロス層」や「ウインクル層」からは、アルゼンチノサウルスやギガノトサウルスといった超巨大恐竜が発見されています。
もう一つの理由は、中生代の頃の大陸の配置にあります。中生代、南米大陸は、アフリカ、オーストラリア、南極、インドなどと地続きの「ゴンドワナ大陸」と呼ばれる超大陸の一部でした。 やがてゴンドワナ大陸は分裂を始めますが、北半球の「ローラシア大陸」(現在の北米やユーラシア)とは長期間にわたり分離していました。そのため、南半球の恐竜たちは北半球の恐竜とは異なる、独自の進化を遂げることになったのです。
恐竜が生きていた当時、これらの地域は現在のような乾燥した荒野ではなく、温暖で湿度が高く、豊かな河川網と広大な森林が広がる緑豊かな土地でした。この環境が、巨大な植物食恐竜とその捕食者である大型肉食恐竜の繁栄を支えていたと考えられています。
アルゼンチンで発見される化石は、この「失われた世界」とも言えるゴンドワナ大陸の、ユニークな生態系を私たちに教えてくれます。
アルゼンチンを代表する巨大恐竜
アルゼンチンからは、特に巨大な恐竜が数多く発見されています。その中でも代表的な恐竜たちを紹介します。
アルゼンチノサウルス (Argentinosaurus)
アルゼンチノサウルスは白亜紀後期に生息していた、史上最大級とされる竜脚類です。発見されている化石は断片的ですが、1個の背骨の大きさが人間の身長を超えるほど巨大です。
推定全長は約30〜35メートル、推定体重は65〜80トンにも達したと考えられています。
ギガノトサウルス (Giganotosaurus)
アルゼンチノサウルスと同じ時代・地域に生息していた、史上最大級の肉食恐竜(獣脚類)です。全長は約13メートルに達し、ティラノサウルス(T. rex)に匹敵、あるいはそれを上回る大きさとされています。
ギガノトサウルスは、巨大なアルゼンチノサウルスなどを集団で狩っていたのではないか、という説もあります。
カルノタウルス (Carnotaurus)
カルノタウルスは白亜紀後期に生息していた、アベリサウルス科の肉食恐竜です。「肉食の雄牛」という意味の名前の通り、目の上に大きな角を持っているのが最大の特徴です。
全長は約8メートルで、非常に短い腕と、俊敏な走りに適した長い脚を持っていました。ゴンドワナ大陸の南半球で繁栄した、ユニークな獣脚類の一種です。
パタゴティタン (Patagotitan)
2017年に正式に命名された、アルゼンチノサウルスに匹敵する、あるいはそれを超える可能性のある超巨大竜脚類です。
推定全長は約37メートル、推定体重は約69トンとされ、その巨大さで世界中を驚かせました。白亜紀に生息していました。
アマルガサウルス (Amargasaurus)
アマルガサウルスは白亜紀前期に生息していた竜脚類の一種です。全長は約10メートルと、アルゼンチノサウルスなどに比べれば小型ですが、その首から背中にかけて伸びる2列の非常に長く鋭いトゲが最大の特徴です。
このトゲが皮膚に覆われて帆のようになっていたのか、あるいは角のようにむき出しで防御用に使われたのかについては、今も議論が続いています。
メガラプトル (Megaraptor)
メガラプトルは白亜紀後期に生息していた大型の肉食恐竜です。「巨大な略奪者」という名前の通り、その最大の特徴は手にあった長さ30cmを超える巨大な鉤爪(かぎづめ)です。
当初はこの爪が足にあるドロマエオサウルス科(ラプトル類)の仲間と考えられていましたが、後の研究で手にあることが判明しました。全長は約8〜9メートルに達し、ギガノトサウルスとは異なるタイプのハンターだったと考えられています。
最古の恐竜もアルゼンチンから
アルゼンチンは巨大恐竜だけでなく、恐竜時代の幕開けを知る上で非常に重要な化石も産出しています。
三畳紀後期(約2億3100万年前)の地層から発見された「エオラプトル (Eoraptor)」は、世界で最も初期の恐竜の一つと考えられています。
全長は約1メートルと小型で、二足歩行する雑食性の恐竜だったと推測されています。
同じく三畳紀後期のアルゼンチンからは、「ムサウルス (Mussaurus)」も発見されています。「ネズミトカゲ」という意味の名前の通り、非常に小さな幼体の化石が有名ですが、成長すると全長約3メートルになる、初期の竜脚形類(大型植物食恐竜の祖先グループ)であったと考えられています。
このように、アルゼンチンは恐竜時代の初期から、超巨大恐竜が闊歩する白亜紀の終わりまで、恐竜の進化の歴史を網羅する貴重な化石が眠る、まさに「失われた世界」なのです。
アルゼンチンの空の支配者たち
アルゼンチンは陸上の恐竜だけでなく、中生代の空を支配していた翼竜の化石も豊富に産出しています。これらはゴンドワナ大陸の空の生態系を解明する上で欠かせないものです。
タナトスドラコン (Thanatosdrakon)
2022年に発表された「タナトスドラコン・アマル(“死の竜”)」は、白亜紀後期(約8600万年前)に生息していた、南米で発見された最大級のアズダルコ科翼竜です。
プテロダウストロ (Pterodaustro)
プテロダウストロは白亜紀前期に生息していた翼竜で、その奇妙な外見で知られています。最大の特徴は下顎にある無数の細長い歯で、まるでクジラのヒゲやフラミンゴのクチバシのようです。