恐竜ニュース:ハオロン・ドンギの衝撃

ハオロン・ドンギの衝撃

トゲで覆われたイグアノドン類

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序論:既存の知見を覆す発見

2026年2月6日、学術誌『Nature Ecology & Evolution』に掲載された研究成果は、恐竜の外皮系(integumentary system)に関する既存の知見を根底から覆すものでした。

中国北東部の下部白亜紀(約1億2500万年前)の地層から発見された新種のイグアノドン類「ハオロン・ドンギ(Haolong dongi)」は、これまでの恐竜化石では確認されたことのない「中空の皮膚棘(hollow cutaneous spikes)」を備えていたことが、細胞レベルの微細構造解析によって明らかになりました。

本報告では、この革新的な発見の詳細、標本の保存状態、組織学的特性、および恐竜の進化史における意義について包括的に解説します。

地質学的背景と標本の概要

ハオロン・ドンギ(Haolong dongi)のイラスト
ハオロン・ドンギのイラスト
Gemini Generated Image

ハオロン・ドンギのホロタイプ標本(AGM 16793)は、中国遼寧省に分布する熱河層群(Jehol Group)の義県層(Yixian Formation)から発掘されました。この地域は、保存状態が極めて良好な「熱河生物群(Jehol Biota)」の産地として世界的に知られており、羽毛恐竜や初期の鳥類、哺乳類、被子植物などの重要な化石が多数発見されてきました。

義県層の堆積環境とタフォノミー

ハオロンが生息していた白亜紀前期の中国北東部は、活発な火山活動を伴う湖沼地帯でした。堆積物は微細な火山灰やシルトからなり、死骸が急速に埋没することで、酸素による分解やスカベンジャーによる損壊から保護される理想的な保存環境が形成されていました。

自生鉱物化(authigenic mineralization)とは:
ハオロンの標本において特筆すべきは、軟組織の保存様式です。通常、恐竜の皮膚は印象(型)として残ることが多いですが、ハオロンの場合は、細胞内の核(nucleus)に至るまでの微細構造がリン酸カルシウムによって置換・鉱物化される「自生鉱物化」という現象が生じています。この稀有な保存状態により、1億2500万年前の細胞レベルの生物学的情報を直接観察することが可能となりました。

ホロタイプ標本の形態的特徴

発見された個体は、全長約2.45m(8フィート)のほぼ完全な骨格であり、関節が繋がった状態で出土しました。骨の組織学的分析および神経弓蓋の閉鎖状況から、この個体は死んだ時点でまだ幼体(juvenile)であったことが示されています。

表1:ハオロン・ドンギの基本データ
項目 詳細データ
学名 Haolong dongi (ハオロン・ドンギ)
標本番号 AGM 16793(ホロタイプ)
発見地 中国遼寧省(義県層)
年代 白亜紀前期(約125 Ma)
全長 約2.45 m
発育段階 幼体(Juvenile)
分類 鳥盤目 イグアノドン類(基盤的ハドロサウルス上科)

分類学的地位と系統発生

ハオロン・ドンギという名称は、中国古生物学の先駆者である董枝明(Dong Zhiming)博士への献名として付けられました。属名の「Haolong」は中国語で「棘のある龍(Spiny Dragon)」を意味し、その特異な外皮構造を象徴しています。

イグアノドン類における位置付け

系統解析の結果、ハオロンはイグアノドン類(Iguanodontia)の中でも、後の白亜紀後期に繁栄するハドロサウルス科(Hadrosauridae、通称「カモノハシ竜」)の系統に近い、基盤的なハドロサウルス上科(basal hadrosauroid)に位置付けられることが判明しました。

これまで、ハドロサウルス上科の皮膚は「ミイラ化」した標本の研究により、主に非重複性の多角形の鱗(tubercle-like scales)で構成されていると考えられてきました。しかし、ハオロンの発見は、このグループの初期進化段階において、現生の哺乳類(ヤマアラシ)を彷彿とさせるような、極めて複雑で攻撃的な防御装備を備えた種が存在したことを示唆しています。

外皮系の詳細解析:三種類の付属器

ハオロンの全身は、部位によって異なる三つの主要な外皮構造に覆われていました。これらの構造は、従来の恐竜像における「単調な鱗の皮膚」という概念を覆す多様性を示しています。

1. 尾部の重なり合う鱗(Scutate Scales)

尾の末端部には、大型で互いに重なり合う「盾状鱗(scutate scales)」が確認されました。これらの鱗は、現生のトカゲやヘビの鱗のように、前後の鱗が重なり合う(imbricating)配置をとっています。後期のハドロサウルス類では鱗の重なりが消失する傾向にあるため、ハオロンの尾部は、より祖先的な、あるいは独自の進化を遂げた装甲化の形態を示しており、尾の動きを阻害せずに物理的な防御力を高める役割を果たしていたと考えられます。

2. 頸部・胴部の結節状の鱗(Tuberculate Scales)

頸部から体幹にかけては、小型で重なり合わない「結節状の鱗(tuberculate scales)」が基盤層を形成していました。これらの鱗は不規則に並び、皮膚の柔軟性を保ちながら全身を保護する「 basement scales(基底鱗)」として機能していました。角質層の厚さは約90μmと計測されており、これは現生のワニや鳥類の鱗の角質層に近い値です。

3. 中空の皮膚棘(Hollow Cutaneous Spikes)

本種の最大の特徴である「皮膚棘」は、頸部、背面、側面の鱗の間に散在するように生えていました。サイズは最小で2mm程度から、最大で44.2mm(約1.7インチ)に達するものまで、多様なサイズが混在しています。断面解析の結果、これらの棘は内部が空洞、あるいは多孔質(porous)な構造を持った「シリンダー状」であることが判明しました。また、骨組織(osteoderm)ではなく、皮膚由来の角質(keratin)で構成されており、アンキロサウルス類の装甲板とは発生学的に全く異なるものです。

表2:皮膚付属器のタイプと特徴
皮膚付属器のタイプ 配置部位 構造的特徴 推定機能
盾状鱗(Scutate) 尾部 重なり合う、盾状 物理的防護、柔軟性の確保
結節状鱗(Tuberculate) 頸部・胴部 小型、非重複、不規則 基礎的な皮膚保護
皮膚棘(Spikes) 全身(鱗の間) 中空、シリンダー状、角質性 防御、体温調節、感覚受容

組織学的および細胞レベルの知見

ハオロンの化石が提供した最も衝撃的なデータは、その微細な組織構造です。高解像度のX線マイクロCTスキャンおよび組織切片の観察により、1億年以上の時を経た生物の「皮膚の解剖図」が再現されました。

皮膚棘の組織学的セクションからは、以下の層構造が確認されました:

  • 角質層(Stratum Corneum):最外層を形成する高度に角質化した層です。
  • 多層表皮(Pluristratified Epidermis):角質層の下にある生きた細胞の層です。ここには、ケラチンを生成する細胞である「ケラチン生成細胞(keratinocytes)」が、その細胞核とともに保存されています。
  • 真皮乳頭(Dermal Pulp):棘の中心部にある多孔質のコア。生存時にはここを血管や神経が通り、棘の成長を支えていたと推測されます。

このような細胞レベルの保存は、恐竜の生理学、代謝、そして成長プロセスを理解するための前例のない窓を開きました。特に、細胞核の形状や密度を解析することで、将来的にハオロンの成長速度やゲノムサイズを推定できる可能性も指摘されています。

機能形態学と適応戦略

ハオロン・ドンギがなぜこれほどまでに特異な武装を進化させたのか。研究チームは、防御、体温調節、および感覚受容の三つの観点から仮説を提示しています。

防御メカニズム:捕食者への対抗策

最も有力な説は、当時の生態系における捕食圧への適応です。義県層には、小型から中型の獣脚類(テリジノサウルス類、ドロマエオサウルス類、初期のティラノサウルス類など)が多く生息していました。多くの小型捕食者は、獲物を丸呑みにするか、特定の部位を噛み切る戦術をとります。ヤマアラシのような鋭い中空の棘が全身に散在していれば、捕食者が不用意にハオロンに噛み付くことを防ぐ強力な抑止力となったはずです。また、ハオロンの標本が幼体であったことは、この棘が特に脆弱な成長段階における生存率を高めるための「幼若期特有の装甲」であった可能性も示唆しています。

生理的機能:体温調節の補助

二番目の仮説は、表面積を拡大することによる体温調節機能です。白亜紀前期のこの地域は平均気温が約10℃と比較的冷涼であったことが知られています。中空の構造は軽量でありながら表面積を稼ぐことができ、太陽光からの熱吸収や、過剰な体温の放出に寄与した可能性があります。同時期の大型恐竜であるユティラヌスが厚い羽毛で保温していたのに対し、ハオロンは棘という別の手段で環境に適応していたのかもしれません。

感覚機能:メカノレセプターとしての可能性

研究チームは、この棘が感覚器官(mechanoreception)として機能していた可能性についても言及しています。現生のヘビの一部は、体表の剛毛のような構造で周囲の振動を感知します。ハオロンの棘も、森林や密集した植生の中を移動する際、あるいは捕食者の接近による空気の振動を捉える「センサー」の役割を担っていたという推測がなされています。

進化学的意義と結論:鱗対羽毛の二分法を超えて

ハオロン・ドンギの発見は、恐竜の系統樹全体における「皮膚の進化」の捉え方を根本的に変えました。これまで恐竜の体表は、鱗を持つ鳥盤類と、羽毛を持つ一部の獣脚類という単純な図式で語られがちでした。しかし、ハオロンの棘は、羽毛とも現生のトカゲの棘とも構造的に異なる、独自の進化パスの結果です。

表3:他の外皮構造との比較
比較対象 ハオロンの皮膚棘との違い
羽毛(Protofeathers) 羽毛は分枝構造を持ちますが、ハオロンの棘は単一のシリンダー状です。内部構造も異なります。
アンキロサウルスの装甲板 骨質の組織(真皮骨)であるのに対し、ハオロンの棘は表皮由来の角質です。
現生トカゲの棘 皮膚の鱗が単に尖ったものであり、ハオロンのような複雑な中空構造や内部のパルプ層を持ちません。

鳥盤類における糸状・剛毛状の構造は、これまでクリンダドロメウスやプシッタコサウルスなどで報告されてきました。ハオロンはこれらと共通点を持ちつつも、「全身に散在する中空の棘」という点で決定的にユニークです。これは、鳥盤類の中においても、外皮の進化が複数の系統で独立に、かつ極めて複雑に進んでいたことを裏付けています。

結論と今後の研究課題

ハオロン・ドンギの発見は、古生物学における「軟組織保存」の重要性を改めて知らしめました。200年の歴史を持つイグアノドン類の研究において、これほどの驚きが隠されていた事実は、私たちがまだ恐竜の真の姿の断片しか捉えていないことを物語っています。

今後は、幼体で見られたこれらの棘が成長とともに脱落するのか、それともより強固な装甲へと進化するのかを知るための成体の発見が待たれます。また、メラノソームの解析が進めば体色やパターンが明らかになるでしょう。

ハオロン・ドンギは、恐竜の生物学的な多様性と適応能力の限界を押し広げました。今後、化学分析やさらなる高解像度イメージングにより、この「棘のドラゴン」が語る1億2500万年前の物語はより鮮明になっていくでしょう。

引用・参考文献

  • A dinosaur with spikes exhibiting unprecedented properties ... - CNRS, https://www.cnrs.fr/en/press/dinosaur-spikes-exhibiting-unprecedented-properties-discovered-china
  • Paleontologists Unearth New Dinosaur Species with Never-Before ..., https://www.sci.news/paleontology/haolong-dongi-14545.html
  • Haolong dongi: Newly unearthed fossil gives scientists unprecedented look at dinosaur skin, https://www.independent.co.uk/news/science/dinosaur-fossil-skin-haolong-dongi-b2916538.html
  • Cellular-level preservation of cutaneous spikes in an Early Cretaceous iguanodontian dinosaur | Request PDF - ResearchGate
  • This 125 Million-Year-Old Dinosaur Had Spikes Like a Porcupine - SciTechDaily, https://scitechdaily.com/this-125-million-year-old-dinosaur-had-spikes-like-a-porcupine/