北米大陸の知られざる南半分:ララミディア南部の古世界
約1億年前から6600万年前にかけての白亜紀後期、北米大陸は「西部内陸海路(Western Interior Seaway)」によって東西に分断されていました。
西側に形成されたララミディア大陸は、南北に細長く伸びており、北部の寒冷な気候に適応した恐竜相とは別に、現在のメキシコ北部にあたる南部では、温暖湿潤な気候に適応した固有の恐竜相が繁栄していました。
長きにわたり、北アメリカ大陸の恐竜研究はアメリカ合衆国西部とカナダ・アルバータ州が中心でした。しかし、近年のメキシコ北部における発見は劇的な転換をもたらしています。
最新の研究により、ララミディア大陸内には強力な「地域性(Provincialism)」が存在していたことが判明しています。メキシコの化石記録は、この「ララミディア南部」の独自の生態系を解き明かす鍵となっています。
コアウイラ州:恐竜たちの熱帯デルタ
メキシコ北部に位置するコアウイラ州(Coahuila)は、メキシコ古生物学における「聖地」とも呼べる場所です。特に州南部の「セロ・デル・プエブロ層(Cerro del Pueblo Formation)」は、約7250万年前(カンパニアン期)の生態系を驚異的な保存状態で伝えています。
かつてこの地は、西部内陸海路の海岸線に位置する広大なデルタ地帯でした。気候は熱帯から亜熱帯に属し、ヤシ類やショウガ科の植物、マングローブ林が繁茂する湿潤な環境でした。これらの豊かな常緑植物が、巨大な植物食恐竜たちの胃袋を満たしていました。
ハドロサウルス類の爆発的多様性
メキシコの白亜紀末期の風景を支配していたのは、「カモのくちばし」を持つハドロサウルス類でした。北部では多様性が減少傾向にあった時期に、メキシコでは多種多様な属が共存し、繁栄を極めていました。
帆のある額:ヴェラフロンス (Velafrons)
Velafrons coahuilensis(ヴェラフロンス・コアウイレンシス)は、2007年に記載されたランベオサウルス亜科の恐竜です。属名はラテン語で「帆(velum)」と「額(frons)」を意味し、頭部の扇形のトサカに由来します。
発見された標本はまだ成長途中の「若年個体」でしたが、それでも全長は約7.6メートルに達していました。成体になれば9〜10.5メートルを超える巨体になったと推測され、当時の北米産ハドロサウルス類の中でも最大級の種の一つです。
言葉を語るトサカ:トラトロロフス (Tlatolophus)
2021年に記載された Tlatolophus galorum(トラトロロフス・ガロルム)は、パラサウロロフス族に属する恐竜です。
その名はナワトル語で「言葉」を意味する "tlahtolli" と、ギリシャ語で「トサカ」を意味する "lophus" を組み合わせたものです。アステカの写本で「言葉」を表すシンボルと、この恐竜のトサカの形状が似ていることから名付けられました。
約1.3メートルの長い中空のトサカを持ち、低周波音を用いて長距離コミュニケーションを行っていたと考えられています。
南部の多様性の証:コアウイラサウルス (Coahuilasaurus)
2024年に新たに記載された Coahuilasaurus lipani(コアウイラサウルス・リパニ)は、かつてクリトサウルスとされていた化石を再検討した結果、新属であることが判明しました。
口先(吻部)に特殊な鋸歯状の構造を持っており、ヤシの葉などの硬い繊維質の植物を食べるために進化したと考えられています。この発見により、ララミディア南部ではクリトサウルス族、ランベオサウルス族、パラサウロロフス族の主要な3系統がすべて共存していたことが明らかになりました。
巨大な尾:マグナパウリア (Magnapaulia)
バハ・カリフォルニア州からは、北米最大のランベオサウルス類である Magnapaulia laticaudus(マグナパウリア・ラティカウドゥス)が発見されています。
全長は最大で15メートルに達した可能性があり、非常に高く幅の広い尾が特徴です。この尾を使って水泳を行っていたという説もあります。
角竜類の進化と巨大化
トリケラトプスに代表される角竜類も、メキシコで独自の進化を遂げていました。
史上最大の角:コアウイラケラトプス (Coahuilaceratops)
2010年に記載された Coahuilaceratops magnacuerna(コアウイラケラトプス・マグナクエルナ)は、その名の通り「巨大な角」が特徴です。
目の上の角の長さは約1.2メートルにも達し、既知の全角竜類の中で最大級です。全長は約6.7〜8メートルと推定され、当時の生態系における支配的な草食動物でした。
小型の角竜:イェフエカウケラトプス (Yehuecauhceratops)
一方、2017年に記載された Yehuecauhceratops mudei(イェフエカウケラトプス・ムデイ)は、全長約3メートルという小型のケラトプス類です。
セントロサウルス亜科に属し、フリルの縁にある独特な突起が特徴です。種小名は、化石を所蔵する「ムセオ・デル・デシエルト(砂漠博物館)」の愛称(MUDE)に献名されています。
獣脚類:南部の暴君と奇妙な走者たち
メキシコの肉食恐竜(獣脚類)の研究も、近年の発見により全体像が明らかになりつつあります。
ラボカニア (Labocania):かつて謎の多かった恐竜ですが、2024年の新種発見により、ララミディア南部に固有のティラノサウルス類(テラトフォネウス族)であることが確定しました。北部のティラノサウルス類とは異なり、吻部が短く深い頭骨を持っていました。
パラクセニサウルス (Paraxenisaurus):2020年に記載された、北米初のデイノケイルス科の恐竜です。通常のオルニトミムス類とは異なり、がっしりとした重量級の体型をしており、湿地帯での生活に適応していたと考えられます。
トトトルミムス (Tototlmimus):ソノラ州で発見されたメキシコ初の正式なオルニトミムス類です。名前はナワトル語の「鳥(Tototl)」に由来します。
失われた時を求めて:ミチョアカンとチアパス
メキシコの恐竜化石は北部だけにとどまりません。さらに南のミチョアカン州やチアパス州からも重要な発見が報告されています。
最も古き鴨:ウエウエカナウトルス (Huehuecanauhtlus)
ミチョアカン州からは、カンパニアン期よりも古いサントニアン期(約8500万年前)のハドロサウルス類、Huehuecanauhtlus tiquichensis(ウエウエカナウトルス・ティキチェンシス)が発見されています。
その名はナワトル語で「太古の鴨」を意味します。ハドロサウルス類が北米で放散を開始した初期の姿を留める重要な恐竜です。
メキシコ恐竜研究の現在
現在、メキシコは古生物学の「ルネサンス」の真っ只中にあります。
コアウイラ州サルティヨにある「砂漠博物館(Museo del Desierto)」は研究の中心地であり、最新の研究に基づいた骨格展示や、ガラス張りのラボでの研究風景を見学することができます。
また、「リンコン・コロラド古生物学ゾーン」では、野外で実際の化石層を見学できる「生きた化石体験」を提供しています。
表:メキシコ産主要恐竜データ一覧
| 属名 | 分類 | 産出地 | 特徴・発見の意義 |
|---|---|---|---|
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ヴェラフロンス
Velafrons |
ハドロサウルス科 | コアウイラ州 | 扇形のトサカを持つ。若年個体でも巨大。 |
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トラトロロフス
Tlatolophus |
ハドロサウルス科 | コアウイラ州 | 「言葉」を意味する名の通り、発声機能を持つトサカ。 |
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コアウイラサウルス
Coahuilasaurus |
ハドロサウルス科 | コアウイラ州 | 2024年記載。特殊な鋸歯を持つ口蓋。 |
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マグナパウリア
Magnapaulia |
ハドロサウルス科 | バハ・カリフォルニア州 | 最大級のハドロサウルス類。高く幅の広い尾。 |
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コアウイラケラトプス
Coahuilaceratops |
角竜類 | コアウイラ州 | 史上最大の眼窩上角(約1.2m)を持つ。 |
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イェフエカウケラトプス
Yehuecauhceratops |
角竜類 | コアウイラ州 | 小型のセントロサウルス亜科。粗いフリル。 |
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ラボカニア
Labocania |
ティラノサウルス科 | コアウイラ州 他 | 南部固有のテラトフォネウス族。2024年に新種記載。 |
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パラクセニサウルス
Paraxenisaurus |
デイノケイルス科 | コアウイラ州 | 北米初のデイノケイルス科。重量級の体型。 |
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トトトルミムス
Tototlmimus |
オルニトミムス科 | ソノラ州 | メキシコ初のオルニトミムス類。 |
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ウエウエカナウトルス
Huehuecanauhtlus |
ハドロサウルス上科 | ミチョアカン州 | サントニアン期の古い種。ナワトル語で「太古の鴨」。 |