スキピオニクス

スキピオニクス

Scipionyx

スキピオニクスとは

学名(属名) Scipionyx
名前の意味 スキピオ(ローマ帝国の名将)の爪
Scipio(スキピオ)[人名]-onyx(カギ爪)[ギリシャ語]
分類 竜盤目・獣脚類(獣脚亜目・コンプソグナトゥス科)
全長 約2m
食性 肉食
生息時期 白亜紀前期
下分類・種名 Scipionyx samniticus
論文記載年 1998
記載論文 Scipionyx samniticus (Saurischia, Theropoda): the first Italian dinosaur.
Third European Workshop on Vertebrate Paleontology, Abstract: 23.
by Dal Sasso, C. and Signore, M. 1998.

特徴

スキピオニクスの全身平面化石
全身平面化石(2017年撮影)
生後数日の幼体と推定されています

スキピオニクスは、白亜紀前期のイタリアに生息していた恐竜です。発見された化石に羽毛の跡は残っていませんが、近縁種との比較から おそらく全身を羽毛で覆われていました。

現時点で発見されている化石は1体のみですが、成体(大人)の化石ではなく産まれたばかりの幼体(生後数日くらい)の化石と推定されています。生後数日での体長は約50cm、大人(成体)では約2mほどになると考えられています。

化石に残された軟組織:恐竜の「解剖図」

スキピオニクスの全身平面化石
全身平面化石(2012年撮影)

スキピオニクスの化石が「奇跡」と呼ばれる所以は、骨だけでなく、通常は化石には残らないはずの軟組織(内臓や筋肉)が、リン酸カルシウムという鉱物に置き換わる形で、驚異的に保存されていた点にあります。2011年に発表された詳細な研究により、恐竜の内部構造に関する数多くの事実が明らかになりました。

明らかになった内部構造

  • 消化管:胃、十二指腸、そして驚くほど短い腸が確認できました。これは、スキピオニクスが非常に効率的な消化能力を持っていたことを示唆しています。
  • 肝臓:赤鉄鉱(ヘマタイト)の赤い色素として、巨大な肝臓の輪郭がはっきりと残っていました。
  • 筋肉と軟骨:首や胸の筋肉の繊維や、関節の軟骨までが保存されていました。
  • 卵黄嚢(らんおうのう):孵化したばかりの雛が栄養を吸収するための「卵黄嚢」の痕跡が見つかり、この個体が生後わずか数日の赤ちゃんであったことが確実となりました。
  • 呼吸器系:肺と肝臓を隔てる位置に、ワニのような横隔膜とは異なる、鳥類ともまた違う、恐竜独自の呼吸システムの一部であった可能性のある構造が見つかり、現在も議論が続いています。

最後の晩餐と親による世話

消化管の中には、トカゲや魚といった「最後の晩餐」が残されていました。
胃には5つの中足骨からなる幅3mmの中足、足首、尾椎が残されていました。体長15〜40cmのトカゲと推定されています。十二指腸には別のトカゲの鱗の塊があり、更に下部には魚の椎骨が保存されていました。この魚の椎骨はニシン上目のものと考えられています。直腸にはアロワナ目の魚の皮膚を含む化石が残されていました。
生後数日の赤ちゃんが、自力でこれほど多様な獲物を捕らえたとは考えにくいため、これは親がエサを運んで世話をしていた(育児行動)ことを示す、非常に強力な状況証拠と考えられています。

発見の物語:「チロ」の旅路

この驚異的な化石が科学の表舞台に登場するまでには、数奇な物語がありました。1981年、アマチュアの化石収集家であったジョヴァンニ・トデスコ氏が、イタリア南部の石灰岩の中からこの化石を発見しました。当初、彼はこれが鳥の化石だと考えていましたが、その重要性に気づき、専門家に託されることになります。

この小さな赤ちゃん恐竜には、ナポリ地方の方言で「チーロ (Ciro)」という愛称が付けられました。1998年に正式に記載された後も、この化石は世界中の研究者の注目を集め、恐竜の生物学を解き明かすための、他に類を見ない「タイムカプセル」として、現在も研究が続けられています。