ピナコサウルス

ピナコサウルス

Pinacosaurus

ピナコサウルスとは

学名(属名) Pinacosaurus
名前の意味 厚板トカゲ
pinako(板)[ギリシャ語]-saurus(トカゲ)[ギリシャ語]
分類 鳥盤目・装盾類 (装盾亜目・曲竜下目・アンキロサウルス科)
全長 約5m
体重 最大約1.9トン
食性 植物食
生息時期 白亜紀後期(約8100万年-7100万年前)
下分類・種名 Pinacosaurus grangeri (模式種)
論文記載年 1933
記載論文 Two new dinosaurian reptiles from Mongolia with notes on some fragmentary specimens.
American Museum novitates ; no. 679.
by Gilmore, Charles W. 1933.

ピナコサウルスの特徴と複雑な鼻の構造

ピナコサウルスの頭骨化石
頭骨化石(2012年撮影)

ピナコサウルスは、白亜紀後期にアジア大陸(現在のモンゴルや中国北部)で広く生息していた中型のよろい竜(曲竜類)です。アンキロサウルス科のなかでは比較的軽量で、平らな体型をしていました。

最大の特徴は、鼻の穴(外鼻孔)の近くに2〜5個の卵形の複数の穴(副鼻孔)が開いていることです。

かつて、この奇妙な鼻の穴は体内の余分な塩分を排出する「塩類腺」が収まっていたと考えられていました。しかし、最新のCTスキャンの研究により、内部が高度に骨化した複雑な経路になっていることが判明しました。

この曲がりくねった鼻腔は、吸気を加湿・加温し、呼気から水分と熱を回収する「エア・コンディショナー(熱交換器)」として機能していました。これにより、重厚な装甲を着た巨大な体が過熱し、熱中症になるのを防いでいたのです。

ピナコサウルスのイラスト
ピナコサウルスのイラスト

ピナコサウルスの前肢の指は5本のままでしたが、後肢の指は3本にまで退化していることもわかっています。

ピナコサウルスの全身骨格化石
ピナコサウルスの全身骨格化石(2009年撮影)

子供だけの集団生活

ピナコサウルスの下あご化石
ピナコサウルスの下あご化石(2013年撮影)
よろい竜特有の小さい歯が並んでいます。

かつて、よろい竜の仲間は重い装甲を持っているため、単独で行動していたと考えられていました。しかし、ピナコサウルスはこの考えを覆しました。

ゴビ砂漠などでは、数十体ものピナコサウルスの子供たちが折り重なるように死亡した化石密集層(ボーンベッド)が発見されています。大人の個体が混ざっていないことから、彼らは親から離れ、子供たちだけの集団をつくって生活していたと考えられています。
幼いころは背中の装甲(ヨロイ)も未発達で、尾の先にある武器(尾槌)も持っていません。そのため、肉食恐竜から身を守るために群れをつくる社会性を身につけていたのです。

化石の状況から、彼らは砂丘の崩壊に巻き込まれたか、干上がった池の泥に足を取られて生き埋めになってしまったと推測されています。

鳥類のような鳴き声でのコミュニケーション

2023年、ピナコサウルスの化石から、非鳥類恐竜としては世界初となる「喉頭」の化石が発見されました。爬虫類や鳥類の喉頭は軟骨でできているため、化石として残るのは非常に珍しいことです。

発見された喉頭は大きく、鳥類に見られるような筋肉を付着させて器官を動かす複雑な構造を持っていました。

このことから、ピナコサウルスはワニのように単純な唸り声をあげるだけではなく、鳥類のように複雑な音を使い分けていたことが示唆されています。群れの仲間を呼んだり、危険を知らせたりするために、高度なコミュニケーションをとっていたのでしょう。

尾槌(テールクラブ)の秘密

アンキロサウルスの仲間を象徴する、尾の先端にある巨大な骨の塊(尾槌:テールクラブ)は、ピナコサウルスの時代にはすでに完成していました。

この尾槌は最初からこの形だったわけではなく、数千万年かけて進化していったことがわかっています。まず尾の骨が強固に連結して「硬い柄(ハンドル)」がつくられ、その数千万年後に先端の「こぶ(ノブ)」が進化しました。もし柔軟な尻尾のまま先端だけが重くなると、振り回した遠心力で自分の尻尾を脱臼させてしまうためです。

硬い巨大な尾槌を振り回せば、大型恐竜の骨を粉砕するほどの威力がありました。一方で、先端のこぶの中身はスポンジ状の骨で軽くできており、素早く振り回せるように工夫もされています。また、十分に発達していない小型の尾槌は骨を折るほどの威力がなかったため、肉食恐竜を撃退するだけでなく、仲間同士の縄張り争いやアピールにも使われていたと考えられています。

発見と論文記載

ピナコサウルスの記載論文抜粋(1933年)
ピナコサウルスの記載論文抜粋-頭骨スケッチ(1933年)
出典:Two new dinosaurian reptiles from Mongolia with notes on some fragmentary specimens.
American Museum novitates ; no. 679.
by Gilmore, Charles W. 1933.

1920年代、アメリカ自然史博物館はモンゴルのゴビ砂漠へ発掘調査を行いました。1923年、古生物学者ウォルター・W・グレンジャーが、シャバラク・ウス(炎の崖)の地層から頭骨などの化石を発見しました。

1933年、アメリカの古生物学者チャールズ・W・ギルモアは、論文「Two new dinosaurian reptiles from Mongolia with notes on some fragmentary specimens.」のなかで、これらの化石を新属ピナコサウルス(Pinacosaurus grangeri)と名付けました。

その後もアジア全域から多くの保存状態の良い骨格化石が発見されており、ピナコサウルスはよろい竜の成長過程や生態を解き明かすための重要な存在となっています。

ピナコサウルスの切手